出る杭、打たれる? 打たれたから打ち返す?

dr.eko博士
”笑顔のDr.EKO博士” ”青い手術用のスクラブをまとう” ”スタンフォード大学キャンパスが背景” ”鮮やかな空の青色”  ”出る杭とハンマー”

サマリー

スタンフォード大学での経験を通じて、日本の格言「出る杭は打たれる」の真意を考察。困難を乗り越えるための具体的な方法と、スラトレ®での実践的なアプローチを紹介し、自分が打たれたからといって次の世代に打ち返さないという強い社会的メッセージを伝えます。

文字数

2,300文字

難易度

★★★☆☆

 

「出る杭は打たれる」という日本の言葉をよく耳にします。そして「だから社会で目立たないように」と言い聞かされてきた方も多いのではないでしょうか。結果として「だから身を潜める」「だから生きづらい」などと考えることもあるでしょう。

中には「だから日本が嫌いだ」とまで思考が発展してしまう人もいます。そうなれば、日常生活すら辛くなりますね。

例えば「アメリカでは個性が尊重され、教育現場でも伸ばしてくれるから、アメリカでのびのびと活躍したい、私も海外に住みたい」と思う人もいるかもしれません。

私もスタンフォード大学のスポーツ医学診療所で日本人として初めて選ばれた研究員として渡米しましたから、渡米前はそう思っていました。しかし、その時には知る由もなかった九死に一生の危機一髪が、日々連発する波瀾万丈のアメリカ生活が待っていたことなど、誰も知りませんでした。

私がスタンフォード大学で経験した波乱万丈の生活について、もう少し具体的にお話ししたいと思います。研究員としての毎日は、挑戦の連続でした。新しい環境に適応し、文化の違いを理解し、プロフェッショナルとしての責任を果たすためには、多くの努力が必要でした。努力の種類も異なれば、努力する方向性も違うといった感じです。

その中で学んだことは計り知れません。例えば、アメリカの教育現場での個性尊重の精神は、私に新たな視点を与えてくれました。自分自身の強みを活かし、他者と協力しながら問題を解決する力を養うことができました。そのためには、まずは自己承認が必要なことも、他者への尊重の気持ちを表現することも。ここでは書き切れません。

この経験を通じて、「出る杭は打たれる」という日本の格言が、必ずしも悪い意味ではないことを理解しました。むしろ、自分の成長と他者への感謝の気持ちを持つことが大切だと感じました。どんな困難に直面しても、自分を信じ、前に進む力を持つことが重要です。

ここで気をつけたいのは、「〇〇だから△△だ」と本来ひとことで言い切るのが困難な壮大なテーマを、ひとことで言い切ってしまうこと。そして、「だから△△なんだよ!」と強く思い込んでしまうことが問題の始まりと思います。

解決策は、△△を☆☆に置き換えるような単純なことではありません。例えば、義務教育は良くないから止めろ、とか、この会社はだめだから、この人はだめだから、縁を切ろうといった、短絡的な思考はかえって「こじらせ思考回路」を作ってしまうことになりますので、思い込みの上乗せはおすすめしません。

最終的には、「だから→☆☆だよね」と自然に思える状態を目指します。その思考フローはまるで、川のせせらぎのように。例えば、「だから周囲への感謝や配慮を忘れずにいようね」とか「出る杭は打ってもらえるのか、ありがたい。つまりある意味自分へのテストだな。少々打たれたくらいで打ち砕ける思いなら、はじめからスタンフォードではやっていけないよ。よし、頑張ろう!」などと考えている状態が理想です。この思考の結末を得るには、3日にしてなりません。

実際、私も過去に同じような経験をしました。分けも分からずに他人に言われた通りに「だから→☆☆」と思い込ませようとしても無理がありました。

少し体調が悪い時や何かに左右された時、既存のネガティブ思考回路が容易に復活して襲いかかってくるものです。そのため、根本的に思考回路を見直す必要があります。

スラトレ®では、受講生の皆さんをまるで自分で自分を担当する外科医のように、ノート術の特訓があります。スラトレ®は5種類のノートを用いた内省の方法の完全版であり、自分で生涯にわたり継続できるものです。ただし、中途半端な習得はおすすめしません。やるなら、全部持っていってください。

長い間染みついたネガティブな思考の癖は、一瞬で消えるものではありません。これまでのネガティブ思考回路の意義や適切な扱い方も学びながら、トレーニングを一定期間はだれだって続ける必要があります。

ネガティブという言葉を便宜上使いますが、必ずしも悪い意味だけではありません。ネガティブな考えも、人によっては意味があるものです。

「出る杭は打たれる」ということわざの真意は、今では誰にもわかりません。もしかしたら、才能あふれる誰かを思って、何かから守るため、心配と友情・愛情の気持ちを伝えた言葉だったのかもしれません。はたまた、熱意を確かめるための愛の叱咤激励だったのかもしれません。

ここで強く訴えたいのは、例え自分がやられたからといって、次の世代の若い人たちに同じことをするのではないということです。自分が打たれたからといって、打ち返すことが正しいわけではありません。逆に、私たちは次の世代が成長し、より良い環境で活躍できるようにサポートするのが、先に打たれた側の役割でしょう。とはいえ、そんなに簡単に、悔しい思いを解消することはできないでしょうから、順番としてはまずは、スラトレ®などの包括的メソッドで、ご自身の無念を浄化させてからにはなります。

私個人としては、そんな昔の人が誰かの才能を抑圧するために悪意を持って作った言葉とは思いません。むしろ、誰かの幸せを願った言葉ではないかと考えています。

だから、真意さえわからない言葉に一喜一憂するのは、本来もったいないことです。なので、「出る杭は打たれるんですよー」と言われても、私の答えは「だからどうした?!」です。

Dr.EKO


 

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